■はじめに

●とことんおでん紀行
 静岡県に住んでいるわけでもないのに、僕は「静岡(しぞ−か)おでん」が好きだ。今から5年前、ふと思い立って、日本各地でどんなおでんが食べられているのか知るために、原付きバイク(ホンダのプレスカブ)に寝袋を積み込んで、日本縦断の旅に出た。
 1997(平成9)年10月に出発し、北海道から沖縄までを走破。途中、韓国と台湾に立ち寄って海外のおでん事情も調べた。旅の期間は106日、走行距離は約1万キロに及び、232か所の町を訪ね、409か所のスーパーや市場でどんなおでんを食べているのか教えてもらった。旅の間におでんを食べたのは103回。ほぼ毎日どこかでおでんを味わっていたことになる。
 実際に旅をしてみると、見たことも聞いたこともないようなおでんが次から次へと現れた。もちろん初めて食べたわけだが、そのどれもがおいしかった。
 北海道ではツブ貝が、東北ではフキやワラビが、京都では海老芋や湯葉が、愛媛ではじゃこ天が、九州では餃子巻きが、沖縄では豚足が、それぞれの土地で特徴のあるだし汁で煮込まれていた。味噌だれを付ける地域も多く、田楽味噌やからし味噌など、その種類も豊富だ。姫路では、しょうが醤油をかけるのにたじろいでしまった。
 この旅は、田楽からおでんにつながる歴史の流れの縦糸に、日本各地の特徴である横糸を紡ぐ作業だったといえる。旅の成果は『とことんおでん紀行』(凱風社)にまとめてあるので、興味のあるかたはご覧ください。

●静岡おでんとの出会い
 各地のおでんを調べたといっても、実は静岡県のおでん事情にほとんど気づかないまま通り過ぎてしまった。おでん探訪の旅はその後も続き、2度目の訪問で、いきなり静岡おでんの奥深さにハマッてしまったのだ。
 そのきっかけになったのが、青葉のおでん街である。入口には赤提灯がずらりと並び、その上の看板まで提灯型という凝りようだ。さらに横丁の店先にも提灯が下がっている。その光景に圧倒されてしまった。
 九州の小倉にはおでん屋台が立ち並ぶ一角があり、その雰囲気が気に入っているのだが、青葉おでん街は屋台ではないのに屋台のようだった。それもそのはず、かつて青葉通りで営業していた屋台を一角に集めたというのだから納得である。
 一軒の店に入っておでん鍋を見ると、脂がギラギラして汁も真っ黒。串刺しのおでん種がニョキニョキと飛び出て、その存在感をアピールしていた。
 それでいて、味はあっさり。イワシの粉や青のりをかける食べ方も独特で、煮込まれたおでん種に合っているように思えた。その瞬間、最初の旅で気がつかなかったことを僕は深く後悔したのだった。
 そして、何度か静岡を訪ねるうちに、静岡おでんのディープな世界に足を踏み入れてしまった。そんな僕が、静岡おでんの真っ黒いだし汁ですっかり煮込まれてしまうのに、それほど時間はかからなかった。

●静岡おでんの魅力
 静岡おでんの特徴は、まず真っ黒い脂ぎっただし汁が挙げられる。これは牛スジや切り出し肉でだしを取るところに秘密がある。味付けは醤油のみで、ほかには何も入れない。ちなみに、だし汁は飲まない。
 おでん種は、なんといっても「黒はんぺん」が代表格だ。イワシやサバのすり身を成形してゆでた種で、関東のふわっとしたはんぺんとはまるで別物である。どちらかというと関東の「つみれ」のようだが、静岡人に言わせるとまったく違う味らしい。さらに「なると」がごろんと棒状で出されるのにも驚いた。それまでは、ラーメンに薄切りでのっているのしか見たことがなく、静岡の人たちはそんなになるとが好きなのかと思った。
 そして、だし粉や青のりをかける食べ方もおもしろい。味噌だれを付けたりかけたりする地域は多いが、だし粉と青のりは静岡独特のトッピングである。
 串刺しになっているのも、おでんがスナック的に食べられている証拠だろう。駄菓子屋でも飲み屋でも、食べ終わったときに串を数えれば値段がわかるというシンプルさがうれしい。子どものころ、串の数をどうやってごまかすか苦心した人もいるのではないだろうか。
 いちばん驚いたのは、夏でもおでんを食べる点だ。特にかき氷とおでんを交互に食べるのには、いまだに心理的な抵抗がある。ソフトクリームとおでんという組み合わせも人気らしく、静岡おでん恐るべしと言うほかない。
 今では見かけない駄菓子屋おでんが健在で、屋台風の飲み屋はいつも満席。夏の間もおでんを味わう。子どもから大人まで、その偏愛度はハンパじゃない。
 今年(02年)2月に発足した「静岡おでんの会」の調査では、中心繁華街800メートル四方の250軒におでんがあったという。
 静岡は世界に誇れる「おでん王国」なのである。

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