■おわりに

 2001(平成13)年11月27日、僕の元に1通のメールが届いた。差し出し人はNHK静岡放送局のディレクター・板倉和夫さん。メールの内容は、静岡のローカル特番で「静岡おでん」をテーマに番組を作りたいので、意見を伺いたいとのことだった。
 3年前に『とことんおでん紀行』を上梓したあと、何度か静岡を訪れているうちに「静岡おでん」の特徴と傾向が少しずつわかってきて、独特のおでん文化が残る町という認識を得ていた時期だった。
 それまでは、日本でいちばんおでんを食べる地域は四国だと思っていた。讃岐うどんの店には、セルフサービスのおでん鍋が置いてあり、うどんができるまでの間、おでんを2〜3本つまむというスタイルが定着している。その影響か、四国内の食堂にもセルフのおでん鍋があって、会計時に「レバニラ定食とおでん3本」というふうに申告している。もちろん、静岡と同じように1年中おでんが食べられる。
 板倉さんとメールのやりとりをしているなかで、公民館の教室で静岡市民の「おでん研究会」が発足したことを聞いた。けれども、それ以上詳しいことはわからないまま月日は流れ、3月のある日、「おでん博物館」の掲示板に静岡の友人が情報を寄せてくれた。
「昨日付けの地元紙に、『静岡おでんの会』が立ちあがったという記事が載っていました。しぞーかおでん(静岡人は『しずおか』、を『しぞーか』と発音します)を全国にというコンセプトで、富士宮のやきそばに負けじと勢いがあるみたいです。ご存知ですか?」
 公民館で発足した研究会が関係していることは明らかだった。さっそく僕は記事を取り寄せ、記載されていた会長の大石正則さんに電話を入れた。大石さんは僕が書いた本の存在を知っていたようだ。そして僕は、静岡おでんの会の活動予定を教えてもらい、静岡のおでんに関心があるので、陰ながら応援したいことを伝えた。
「今度は静岡おでんの本を書いてくださいよ」
 電話を切る直前に言った、大石さんの一言が耳に響く。その声は、少しずつ僕の心のなかで増幅していった。
 思い立ったが吉日。翌日、さっそく静岡おでんの単行本企画をまとめ、静岡新聞社に電話をかけてしまった。自分がおもしろいと思ったことは、すぐに実行に移さなければ気がすまない性格なのだ。その結果はご覧のとおりである。
                   ◎
 この本は、僕が思うまま、自由に作らせてもらいました。静岡新聞社出版局の梶邦夫さんに感謝します。また、静岡おでんの番組は実現していないものの、NHKの板倉さんにいろいろ情報提供していただきました。静岡おでんの会の大石さんには、掲載するおでん屋を選ぶまでに、何軒もの店を教えていただきました。紹介している店は、すべて自分で食べ歩き、僕の舌で厳選したお店です。ぜひ食べに行ってください。
 そして、静岡に行くたびにおでん横丁に付き合ってくれた原田直樹・有紀子夫妻、松野房子さん、どうもありがとう。楽しいイラストを描いてくれたのは、東京在住のイラストレーターの松本よしえさん。松本さんとは、おでん紀行を出版したのをきっかけに知り合いました。こうやって、静岡おでんの輪が広がっていきます。次は、読者のみなさんと、静岡おでんを食べられますように。
                     2002年10月12日   新井由己

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