■仙台の煮干しだしおでん〈おでん三吉風〉

 仙台でおでんといえば「サンキチ」と答える人が多いほどの人気店が「おでん三吉」だ。定禅寺通りから稲荷小路を入った場所にあり、店先の大きな提灯と入口に置かれた狸の置物が客を暖かく迎えてくれる。
 屋号の由来は、その昔、仙台駅前に「みよし」という人気店があったことからきている。故郷の秋田にある太平山に三吉神社があることを思い出した先代は、両方の縁起を担いでその名を付けた。
 というわけで、正式には「ミヨシ」と読むそうだが、「サンキチ」と呼ぶお客さんがあまりにも多いため、すっかり通称の「サンキチ」が定着してしまったそうだ。
 その繁盛ぶりは、初代の田村三郎さんの人柄によるところが多い。ねじり鉢巻きをトレードマークにして、威勢のいい秋田弁の口調と人懐っこい笑顔が、多くのファンを獲得した。県庁の役人を辞めておでん屋台を引き始めてわずか3年で、今の場所に店を構えたのである。それには味の研究もさることながら、店主の人柄が大きかったことは間違いないだろう。
 言いたいことがあれば、相手がだれであろうとはっきり言うし、それが逆に相談事を持ち込まれ、「三吉の親父」と親しみをもって呼ばれた由縁でもある。その名物親父も1999(平成11)年の春に亡くなり、常連客は寂しさをかみしめている。
 店主の死亡は地元ラジオ局のニュースでも流され、テレビ2社、新聞4社が報道したという。おでん屋の主人の死去が、これだけ取り上げられたことからも、故人の人柄がうかがえる。

●親子で受け継がれる人徳
「おでん屋に社長なんかいらねえって、親父は常に本音で生きていた。よく怒られたけど、そういう人が側にいないのは寂しいね」
 父親の背中を見ながら仕事をしていた息子の忠嗣さんは、今は無我夢中で店を切り盛りしているという。
 忠嗣さんは「まだまだ親父にはかなわない」と言うが、僕が最初にこの店を訪ねたときの、その温かな人柄が印象に残っている。おでんの味もさることながら、あのご主人に会いたいと思える、数少ない店のひとつなのだ。
 朝早く、仙台の市場へ仕入れに向かう忠嗣さんに同行させてもらった。仙台駅にほど近い露地の一角に、八百屋や魚屋が軒を連ねている。地元の人たちからは「仙台アメ横」と呼ばれているそうだ。
「安く仕入れればそれだけ安くお客さんに出せるから、俺はいつも現金払い。それぞれ得意な物があるから、魚屋4軒と八百屋3軒を回るのが日課だよ」
 毎日足を運んでいるから、相場が変わってもすぐわかるし、たとえ安くても悪い物は出せないと話す。足早に市場のなかを進みながら、店の人と軽い言葉を交わしていく。
「俺にしてみれば、市場は健康のバロメーターなんだよ。毎日、顔を合わせているから、調子が悪いときはお互いにわかるんだな」

●三吉のおでんに隠し事はない
 おでん屋さんにレシピを教えてほしいと頼んでも断られることが多いのだが、三吉の場合はふたつ返事だった。どうやら、だしの内容や種の作り方など、お客さんの質問にもすべて正直に答えているらしい。
「ウチの作り方を聞いて、家に帰って話が弾んでくれれば、そりゃあうれしいもの」
 たとえ、だしに何を使っているかがわかっても、三吉の味を同じように再現するのは難しいだろう。やはり、商売で作っているぶん、おでんにかけられる手間が違うのは当たり前だ。それでも挑戦してみたい、もしかしたらおいしく作れるかもしれないと思わせるところが、おでん作りの気楽なところかもしれない。
 まず、三吉のおすすめ品であるサンマのすり身の作り方を見せてもらうことになった。厨房におじゃますると、働いているのはみんな女性ばかり。その理由を聞くと、「おやじは女が好きだったから」と笑う。
 男性の板前ばかりだと厨房に緊張感が漂っているが、女性が多いとどことなくほのぼのとした雰囲気がある。けれども、作業の手際を見ていると、やはり職人であることがうかがえる。
 サンマのすり身を巨大なすり鉢に入れたら、そこに味噌と玉子と片栗粉を加える。硬さに応じて片栗粉の量を調節するそうだ。やや柔らかめにすり身を作って、手のひらで転がすようにして鍋に落とし、弱火で30分ぐらい下ゆでしてからおでん鍋で味を付けていく。
 ロールキャベツの材料は、豚ひき肉に玉ネギを混ぜ、塩・こしょうで味付け。だし汁を少し入れて、玉ネギが柔らかくなるまでトロ火で煮る。最後に片栗粉を入れてとろみをつけるのがポイントだ。
 さて、かんじんのだしである。三吉のだし汁は、見た目が透き通っている。口にしたときにほとんど味がしないような印象だが、そのうち、今まで味わったことのないような風味が鼻をくすぐった。
 だしの材料は、青森の陸奥湾で捕れるイワシの焼き干し。煮干しは煮てから干した物だが、焼き干しは焼いてから干した物だ。手間がかかるため、1キロ7,000円と値段が高い。ちなみに高級な煮干しでもキロ3,000円ほどだ。煮干しを使っても似たような味になるそうだが、味の深みや香ばしさは、やはり焼き干しのほうが群を抜いているという。
 このように、味にこだわりがある一方で、「何も秘密はない」という親近感が、仙台を代表するおでん屋の魅力なのかもしれない。あと少しで、3代目に当たる息子が帰ってくるそうだ。大学を卒業したあとで「接客業を学びたい」とデパートに就職し、約束の5年をそろそろ迎える。
「この前、4代目も生まれたし、いろいろと楽しみだよ。でも、俺もまだまだやれるから」
 初代「三吉の親父」も、きっと雲の上から息子たちの活躍を見守っているにちがいない。

おでん三吉/電話(022)222-3830/仙台市青葉区一番町4-10-8/11時30分〜13時15分、17時〜21時、日休/地下鉄匂当台駅から徒歩2分

イラストレシピはこちら(ただし分量は秘密)

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